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長時間労働とうつ病罹患――会社はどのような場合に責任を負うか(連載第5回)

弁護士・北海道大学名誉教授
吉田克己(村松法律事務所)

(2)控訴審判決

控訴審判決は、Yの主張を全面的に認めて、Xの請求を棄却するという判断を下しました。
そのポイントは、次のような点にあります。
若干のコメントを付しながら、それを紹介しましょう。

ポイント①

使用者(本件ではY)は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する労働契約上の付随義務として、安全配慮義務を負うと解される。

<コメント>
これまでの判例でも、このような内容の安全配慮義務の存在は、一貫して肯定されています。
控訴審判決のこの部分は、そのような判例法理を確認するものです。
問題は、本件で、Yにこの安全配慮義務についての違反があったかです。
その前提として、本件での長時間労働とうつ病発症との間で、因果関係が認められるかが問題となります。

ポイント②

Xは、2006年1月にうつ病を発症する約3ヶ月前頃以降、相当の長時間労働に及んでいる。
Yはその事実を把握していた。
他方、この業務負担以外にXがうつ病を発症する原因となった出来事は、明らかになっていない。

<コメント>
ここでは、長時間労働とうつ病発症との間の因果関係が認められることが示されています。
その上で、控訴審判決は、Yが安全配慮義務に違反したと言えるかの検討に進みます。

ポイント③

Yは、発症前3ヶ月間におけるXの業務負担について、格別の軽減措置を執っていない。
これは、安全配慮義務違反を基礎づける事情に当たる。

ポイント④

他方で、本件においては、次のような事情もある。

① Yの調査研究部における業務は、個別性が強く、研究員には自らの担当業務について裁量性がある。

② Yは、調査研究部における業務について適性があると判断されており、Xにおいても、そのように受け止めていた。

③ Xが長時間の時間外労働を問題とされた2005年10月以降担当していた調査業務は、Xの専門分野に属する業務であり、従前から担当していた調査研究業務と同種の内容の業務であって、Xにとって新規性がなく、特にその遂行が困難であるなど難易度の高いものではなかった。

④ Xの労働時間が発症前3ヶ月間において長期化した主な原因は、データの集計等に時間を要したというものであった。
Xは、全体会議等、業務遂行が困難になっていることを上司や同僚に伝え、相談する機会があったものの、その点を伝えておらず、業務の進め方等について相談することもなかった。
そして、Xが従事していた業務の内容は、調査研究部の他の主任研究員と比較して、その質または量が特に過大であるということもなかった。

ポイント⑤

以上からしますと、Xの長時間労働にYは寄与していない、つまり、Yの行為(不作為)とXのうつ病発症との間には因果関係がないという結論にもなりそうです。

しかし、控訴審判決は、Yには予見可能性と結果回避可能性がない、つまり、Yには過失がないことを理由に、Xの請求をすべて否定しました。その部分を引用します。

「以上のとおり、YがXの時間外労働が長時間に及んでいることを把握していたとしても、Xの担当していた業務の内容等の事情を考慮すれば、Xがうつ病を発症することを予見できたとは認められず、また、Xのうつ病の発症を回避するために具体的な対応をとることも困難であったというべきである」。

 

【控訴審判決の意義】

最初に確認しましたように、会社側が社員の労働時間を適切に管理せず、それが過度の長時間労働とうつ病発症に結びついた場合には、会社の責任は厳しく問われなければなりません。
これが安全配慮義務と言われる義務です。

しかし、会社に対して、会社ができなかったことの責任まで押しつけるわけにはいきません。
本件の控訴審判決は、そのような判断をするに当たってのひとつの基準を明らかにしました。

 

そのポイントは、労働時間が長時間に及ぶことを形式的に捉えるのはなく、そこでの労働密度が重要だということです。
労働時間が形式的に長くても、労働密度が低ければ、会社としてうつ病発症のような結果に結びつくとは思わないのが通常です。
また、相談態勢等が整備されているにもかかわらず労働者側からの相談等がない場合には、会社側から具体的な対応をすることは難しいと言わざるをえません。
控訴審判決は、これらの点を考慮した上で、Yの責任を否定したわけです。適切な判断であったと言わなければなりません。

なお、労働密度の判断は、長時間労働とうつ病発症との間の因果関係の問題と捉えることが普通でしょうが、本控訴審判決は、これを過失の問題と捉えています。
しかし、この法律構成の問題は、結論を導く判断基準において、重要な意味を持ちません。ともあれ、労働密度を実態に即して捉えるという点が重要なことです。
弊事務所が裁判所において一貫して主張したのも、まさにその点でした。

 

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