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長時間労働とうつ病罹患――会社はどのような場合に責任を負うか(連載第3回)

弁護士・北海道大学名誉教授
吉田克己(村松法律事務所)

(4)第一審判決

札幌地裁の第一審判決は、Xの請求を一部(約7分の3)認容しました。

 

 (ⅰ)因果関係について

この判決は、長時間労働とうつ病発症との因果関係を肯定しましたが、その判断に際して、札幌中央労働基準監督署の労災認定を極めて重視しています。
Yは、先に見ましたように、この労災認定は、労働密度を詳細に検証したものではないと主張しましたが、その主張は排斥されました。
札幌地裁によれば、「労災認定は、労災認定基準に照らし詳細に事実を認定し、その結果、Xの病状が業務に起因したと判断しているといえるから、その信用性が十分に認められると解する」というのです。

 

 (ⅱ)安全配慮義務違反と不法行為責任の成立について

第一審判決は、Xのこの論点に関する事実の主張を逐一検討して、Yが「安全配慮義務違反に問われるのは、退職を迫った点についてのみであると解する」と判断しました。
そして、この判断を踏まえて、先に触れた約7分の3の損害賠償の認容という結論になったわけです。

 

 (ⅲ)第一審判決の問題点

この第一審判決は、極めて問題の多いものでした。
以下では、主な2点の問題を指摘します。

① 第1の問題点

第一審判決は、札幌中央労働基準監督署の労災認定を極めて重視しています。

労災認定は、厚生労働省の労災認定基準に基づいて行われます。
その詳細をここで述べることはできませんが、長時間労働以外に特段の出来事が存在しない場合には、時間外労働時間数を基本的基準として、心理的負荷の総合評価を行うことになります。
重要なことは、その際に、「その業務内容が通常その程度の労働時間を要するもの」であるかを考慮すべきとされていることです。
これは、単に時間外労働時間数を形式的に適用するのではなく、実質的な労働密度を考慮すべきことを意味しています。

ところが、本件における札幌中央労働基準監督署の労災認定は、時間外労働時間数以外の具体的事情をまったく考慮せずに出されたものでした。
Yが主張したのは、労災認定基準の考え方を遵守しないで出された労災認定に依拠することはできないということでした。

しかし、第一審判決は、先に紹介しましたように、「労災認定は、労災認定基準に照らし詳細に事実を認定し」ているものと判断しました。
労災認定が前提としている「事案の概要(認定した事実)」には、時間外労働時間数以外の事実は何も出てきません。これをもって「労災認定基準に照らし詳細に事実を認定」しているとは、到底評価することができません。

② 第2の問題点

第一審判決は、「退職を迫った点についてのみ」不法行為の成立を認めました。
ところが、それに基づいて算定している損害賠償項目の主要なものは、「賃金(給与及び賞与)の減額分」です。
これは、Xがうつ病を発症して休職や労働時間の短縮を余儀なくされたことによる損害です。
この損害賠償が認められるためには、「退職を迫った」行為とうつ病発症との間の因果関係を認定する必要があります。
しかし、第一審判決は、そのような認定を一切行っていません。

もっとも、この認定を行おうとしても、それは難しいでしょう。退職を迫られたことがうつ病発症の原因になったとは、通常は言いにくいからです。この因果関係が認定されないのであれば、認められる損害賠償は、せいぜい慰謝料程度ということになるはずです。

Xのうつ病発症をもたらした事実として問題となるのは、言うまでもなく、長時間の時間外労働です。
そうであれば、Yが本件における長時間労働を引き起こしているとの評価をすることができるかが、問題を解決するポイントになるはずです。
実際に、先に紹介しましたように、Xは、Yには、Xが長時間労働をすることについての認識(またはその可能性)があったにもかかわらず、その回避のために必要な措置をとらなかった点で責任があると主張しました。
Xのこの主張が正しいかこそが、本件で判断されるべきことでした。
ところが、第一審判決は、この点についての判断を全く行っていません。

 

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