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長時間労働とうつ病罹患――会社はどのような場合に責任を負うか(連載第2回)

弁護士・北海道大学名誉教授
吉田克己(村松法律事務所)

【第1審における争点の概要と裁判所の判断】

(1)Xの請求の法的根拠

 (ⅰ)不法行為に基づく損害賠償請求

以上のような事実を経て、2016年1月20日に、Xは、Yを相手として損害賠償を求める訴えを提起しました。
請求額は、約8000万円です(実際にはYのほかに、直属の上司を相手にする損害賠償も求めていますが、省略します)。

Xは、損害賠償を基礎づけるために、不法行為の成立を主張しました。

不法行為が成立するためには、加害者の故意過失によって、権利や法律上保護される利益の侵害があることが必要です(民法709条)。
法律的な言葉を使ってまとめますと、
①権利利益侵害
②加害者の行為と被害との因果関係
③加害者の故意過失
の3つが不法行為成立のために必要だということになります。

本件では、Xがうつ病に罹患していますから、権利侵害(①=被害)があることに問題はありません。
問題は、このうつ病が加害者とされるYの行為に起因するものと評価され(②=因果関係)、加害者に故意過失が認められるか(③)、という点です。

 (ⅱ)長時間労働をめぐって

これらを判断するための鍵となるのが、長時間労働です。

まず問題となるのは、Xのうつ病が長時間労働を原因としているかという因果関係の判断です。
もっとも、長時間労働はXの行為ですから、うつ病がこれを原因とするからといって、直ちにはYの責任の問題にはなりません。
しかし、Xは、Yの社員です。そうしますと、Xの労働時間については、Yがコントロールすることが可能です。
このコントロールについて問題があるとしますと、Xの長時間労働は、Yによって引き起こされたと評価することが可能になります。
そのようにして、長時間労働を媒介項として、うつ病の発症は、Yの行為(作為または不作為)によって引き起こされたと評価されるわけです。

次に、Xのうつ病発症がYの故意過失によるものかが問題になります。
うつ病発症がYの故意によるとは考えられませんから、問題は、過失の有無です。
過失とは、簡単に言えば、加害者がすべきことをきちんとしていなかったことを意味します。
Xのうつ病が長時間労働に起因することものだとされることを前提としますと、YがXの長時間労働を回避するために、
すべきことをきちんとしていたかが問われるわけです。
これを判断するためには、会社は、社員の健康管理のために何を行うべきかを明らかにすることが必要です。

(2)Xの主張

 (ⅰ)長時間労働とうつ病発症との因果関係

Xは、まず、長時間労働とうつ病発症との因果関係については、厚生労働省の労災認定基準を援用しました。
この基準によれば、発症直前に1か月当たりおよそ100時間以上の時間外労働が認められる場合には、心理的負荷の強度が「強」と評価されます。

本件の具体的事情について、Xは次のように主張しました。
《Xは、2005年10月以降は毎月80時間を超える時間外労働を行っており、特に2005年10月と12月には100時間を優に超える時間外労働を行っている(この具体的数値に関しましては、先に挙げておきました)。
他方で、時間外労働以外には、Xがうつ病を発症した原因と考えられる事情は認められない。》

Xはまた、札幌中央労働基準監督署がXのうつ病が業務に起因しているかどうかの調査を行い、業務に起因しているとの判断をしたことも、自分の主張を根拠づける事実として援用しています。

 (ⅱ)Yの過失

Xは、Yの行為の問題点として、訴訟の最初の段階で、次のような事実を主張しました。
《①復職を強要し、Xに対する適切な調査や確認を怠った。
②Xの同意なく減給した。
③Xに対して、勤務日数の増加を強要した。
④Xの休職の申出を拒否し、不当な退職勧奨を行った。
⑤セカンドオピニオンと称して無理やり他の病院の治療を受けるように命令し、Xの治療の妨げになる行為を行った。》

これらをまとめて、Yの行為は、適正労働条件措置義務、健康管理義務および適正労働配慮義務を怠ったものであり、安全配慮義務違反が認められる、というのが過失に関するXの主張でした。

Xは、その後、安全配慮義務違反という根拠づけを前面に出してきました。
そこでは、先に触れた電通事件最高裁判決の次のような判決文が援用されています。
「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であ」る。
そして、本件においては、Yには、Xが長時間労働をすることについての認識(またはその可能性)があったにもかかわらず、その回避のために必要な措置をとらなかった点で責任があることが主張されました。
そうである以上、安全配慮義務違反があるというわけです。

 

(3)Yの主張

 (ⅰ)長時間労働とうつ病発症との因果関係

長時間労働とうつ病発症との因果関係についてのYの主張のポイントは、Xの労働密度が著しく低かったという事実の指摘です。
つまり、Xが2015年度に担当していた調査研究業務は、実質的には1件だけでした。
加えて、その業務は、Xが過去に手がけたことのある業務と同種のものであり、Xにとって新規性はなく、質的に難易度が高いものではありませんでした。
それにもかかわらず残業時間が多くなったということは、Xの時間の使い方が非効率的だったことを意味します。
さらに、各研究員の業務量は、部長職を交えた研究員間の協議によって調整されていたこと、各研究員の業務量が過大である場合、各研究員の担当の辞退も可能であり、また単独で業務を担当するのではなく複数で分掌して担当することも行われていることなども指摘しました。
単に形式的に残業時間の数値を見るだけでは、労働密度の実態は分からないということです。

Xは、札幌中央労働基準監督署の労災認定をも援用していますが、この認定についても、同様の問題点を指摘することができます。
つまり、この認定は、タイムカードの記載内容だけで出されたものであり、Xの労働密度を検証した上で出されたものではなかったのです。
Yは、この問題点を指摘し、この認定の一事をもってXのうつ病がYの業務によって生じたものと判断することは相当ではないと主張しました。

 (ⅱ)Yの過失

不法行為におけるこの論点に関するYの主張は、YはXが主張するような行為に及んだことはない、というところに尽きます。
Yは、むしろ、「Xの体調に配慮した勤務形態を採用し、欠勤や勤務中の休憩についても許容したほか、Xの担当業務量を軽減し、Xの症状改善に向けた配慮を行っていた」、というのがYの主張です。

安全配慮義務違反に関しては、Yは、この論点に関する最判昭和59〔1984〕4月10日民集38巻6号557頁を引きました。
その判決文によれば、「使用者の右の安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものであることはいうまでもない」とされています。
本件においても、このような具体的状況を踏まえて安全配慮義務の具体的内容を定めるべきであるというのが、Yの主張です。
そうしますと、因果関係のところで触れた労働密度の問題が重要な意味を持ってくることになります。

 

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