長時間労働とうつ病罹患――会社はどのような場合に責任を負うか(連載第1回)
弁護士・北海道大学名誉教授
吉田克己(村松法律事務所)
【はじめに】
(1)長時間労働とうつ病発症
長時間の残業が原因となってうつ病を発症し、会社をやめざるをえなくなるようなケースは少なくありません。
さらに、不幸なケースにおいては、うつ病が自殺に結びつくこともあります。
有名な事件としては、電通事件と呼ばれる事件があります。
当初は意欲的で上司の評価も良好だった新入社員が、長時間の残業を余儀なくされる中でうつ病に罹患し、入社からわずか1年5か月後に自殺に至ったという事件でした。
遺族が会社の責任を追及し、最高裁まで争われた結果、会社の責任が認められています(最高裁第2小法廷平成12〔2000〕年3月24日判決)。
(2)会社の責任に関する線引きの必要性
会社側が社員の労働時間を適切に管理せず、それが過度の長時間労働とうつ病発症に結びついた場合には、会社の責任は厳しく追及されなければなりません。
しかし、反面で、うつ病発症については個人差も大きく、会社が努力をしてもその発症を防げない場合もあります。
そのような場合について会社の責任を認めることはできません。
難しいのは、この2つのケースの間の線引きをどのような基準で行うのかです。
(3)あるうつ病発症ケース
弊事務所が最近担当した事件に、まさにこの線引きが問題になった事件があります。
長時間の残業の結果うつ病に罹患し、さまざまな不利益を受けたと主張する社員(以下、Xとします)が、会社の責任を追及して損害賠償を求めた事件です。
弊事務所は、被告である会社(以下、Yとします)の代理人を務めました。
第1審では、Xの損害賠償請求が一部(請求額の約7分の3)認められました(札幌地方裁判所平成31〔2019〕年1月9日判決)。
これに対して、控訴審では、Xの請求は認められませんでした(札幌高裁令和元〔2019〕年12月19日判決)。弊事務所の主張が認められてY勝訴となったわけです。
この判決についてXが最高裁に上告しましたが、上告棄却となって(最高裁第二小法廷令和2〔2020〕年11月6日決定)、Xの請求は認められないことが確定しました。
(4)裁判所の考え方はどのようなものであったか
以下では、この事件を素材として、長時間残業とうつ病罹患という問題領域において、どのような基準で会社の責任が認められるかに関する裁判所の考え方を見ていきたいと思います。
これは、反面から言い換えれば、どのような場合に会社の責任が免除されるのかに関する裁判所の考え方を明らかにするということでもあります。
【事実の概要】
まず、本件がどのような事件であったのかを簡単に見ておくことにしましょう。
詳細な事実を紹介することは、プライバシー保護の観点からして問題がありますので、判決に現れている事実に限定し、かつ、ポイントを絞って紹介します。
● Yは、企業経営に関するコンサルティング等を目的とする株式会社です。
Xは、1995年8月頃にYにアルバイトとして採用され、翌1996年4月1日に正社員となり、調査研究部に配属されました。
Xは、2004年7月1日には、調査研究部の主任研究員になっています。
● 2005年10月頃における調査研究部の人員構成は、調査研究部長1名、調査研究部部長1名、次長1名、主任研究員8名というものでした。
Xは、主に環境および廃棄物処理・リサイクル分野の調査研究業務を担当してきました。
● Xは、2005年2月から2006年1月にかけて、次のように労働基準法所定の労働時間を超えて業務を行いました。
2005年2月:1時間、3月:171.2時間、4月:88.4時間、5月:49.6時間、6月:31.8時間、7月:34.4時間、8月:44.8時間、9月:不明、10月127.4時間、11月:89.0時間、12月:151.5時間、2016年1月:73.1時間。
うつ病発症前の1年間のうち不明の1ヶ月を除いた11ヶ月についての時間外労働時間は、全966.3時間で、月平均では87.8時間となります。
● Xは、2006年1月20日、うつ病を発症しました。
そして、2006年2月21日頃から同年10月31日まで休職し、同年11月1日、週3日勤務の条件で復職しました。
Xは、遅くとも2009年7月以降、週5日勤務となりました。
Xは、2014年5月7日から同年11月7日まで、休職辞令を受けて休職しました。
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