改正相続法を知ろう!~連載第7回~
弁護士・北海道大学名誉教授 吉田克己
連載第7回 自筆証書遺言の保管制度
【問題状況】
Aさんには、妻Bさんと2人の子CDがいます。Cさんは、AB夫婦の近所に住んでおり、何かとABの世話をしてくれていますので、Aさんは、CとBを優遇する遺言を作成したいと考えています。公正証書遺言も考えたのですが、Aさんは、かなり遠方の公証人役場まで行くのは大変だし、費用も高いと聞いているということで、できれば自筆証書遺言ですませたいと考えました。そして、そのようなことで、Aさんは、方式違反がないように弁護士とも相談しながら、自筆証書遺言を作成しました。
困ったのは、どのようにこれを保管するかです。現在のところ、自宅の重要書類を保管している文書箱に保管しているのですが、自分が死亡した後、BさんあるいはCさんがこれを発見してくれるかに不安があります。また、Dさんがこれを発見して、勝手にこれを破棄してしまうことも心配です。どのようにしたらよいでしょうか。
【現行法での対処策とその限界】
自筆証書遺言は、一方で厳格な方式を要求されますが、それさえクリアすれば、紙とペン、そして印鑑さえあれば、遺言の存在また遺言内容を知られずに、簡単に作成できます。これは、自筆証書遺言の大きなメリットです。しかし、その保管をどうするかは、悩ましい問題です。自宅に保管しておくのでは、死亡時に確実に発見してもらえるか分かりません。関係者に保管を委ねることもありえますが、遺言作成の事実は明らかになりますし、遺言内容に不満を持つ相続人との間でのトラブルの種にもなります。改ざんおそれ、あるいはそのような疑いをかけられるおそれがあるからです。民間のサービスを利用することも考えられます。いくつかの弁護士会ではそのようなサービスを実施していますし、信託銀行などの利用も可能です。しかし、これらには、相当の費用がかかるという問題があります。
【遺言書保管制度の創設】
以上のような問題点は、今回の改正に至る法制審議会の議論においても指摘されました。自筆証書遺言の活性化を図るには、この点での対応策を講じることが重要だというわけです。そして、その中で、公的機関が自筆証書遺言の保管機関になってはどうかというアイディアが示されました。これが、今回の遺言書保管制度の創設に結びついたのです。
この制度は、民法の改正によるのではなく、それとは別の「法務局における遺言書の保管等に関する法律」(平成30年法律第73号)によって制度化されました(以下で、単に法〇条として引用するのは、すべてこの法律の規定です)。この法律の成立は、民法改正と同じ日(2018年7月6日)です。この施行は、2020年7月10日とされています。準備に時間を要するということで、相続法改正関係の諸制度の中では、最も遅い施行となっています。
この施行後は、【問題状況】に出てきましたAさんは、この制度を利用して法務局に遺言書を保管してもらうことができます。手数料をどの程度にするかはまだ決まっていませんが、利用しやすいようにかなり安くすることが予定されています。現在の民間のサービスよりも、かなり使いやすい制度になることが期待されます。
また、使いやすい制度という点では、保管の対象になった遺言書については、遺言書を家庭裁判所に提出して検認を請求する義務(民法1004条1項)が免除されている(法11条)点も重要です。検認は、遺言書の存在および内容を確認して、遺言書の偽造・変造を防ぎ、遺言書を確実に保存するための認証手続です。そうであれば、遺言書を法務局に保管することでこの目的はほぼ達成されますので、検認手続が免除されるのです。
検認手続は、遺言書保管者や相続人にとってかなりの負担ですし、それを契機に、遺言書の有効無効をめぐる紛争が生じることも少なくありません。それを免除されるメリットは、相当に大きいと言えるでしょう。
【保管の申請】
この制度を具体化するに際しては、いくつかの重要論点がありました。保管の申請の際に、作成者本人以外の申請を認めてよいかも、その1つでした。つまり、遺言作成者が病気その他の理由で法務局に赴くことが困難である場合に、代理人による申請を認めてよいかです。
たしかに、一定の事情の下では、代理人による申請を認めてあげたいということはあるでしょう。しかし、他方で、この制度においては、保管を申請された遺言書が本当に本人のものであることを確認することが、決定的に重要です。そのためには、本人に出頭してもらって、本人であること、また本人が作成した遺言書であることを確認することが必要です。議論の結果、結局、後者の要請を優先しようということになりました。このようにして、保管の申請は、遺言者は、「遺言書保管所に自ら出頭して行わなければならない」とされたのです(法4条6項)。その上で、本人確認が行われます(法5条)。したがって、遺言者がさまざまな事情から法務局に行くことができない場合には、残念ながら、この制度を利用することができません。
【法務局による遺言書の保管】
法務局は、保管の申請を受理しますと、「遺言保管所の施設内」においてその原本を保管することになります(法6条1項)。法務局はまた、「当該遺言書に係る情報の管理をしなければならない」とされます(法7条1項)。これが具体的に意味するのは、遺言書の情報を磁気ディスクまたはこれに準じる方法によって調製する遺言書保管ファイルに記録することです(法7条2項)。
なお、このように、保管の対象となる遺言の内容は、法務局によって把握されることが制度の前提になっています。したがって、保管の対象となる遺言書は、「無封のもの」でなければなりません(法4条2項)。
【遺言書の撤回】
遺言においては、遺言者の最終の意思が尊重されるべきです。したがって、遺言を撤回できることは、遺言に関する大原則です(民法1022条)。この撤回は、遺言ですることもできますが(民法1022条)、前の遺言と抵触する遺言を行ったり、生前処分を行ったりする場合にも、前の遺言は撤回したものとみなされます(民法1023条1項、2項)。
法務局に保管されている遺言書についても、この大原則は適用されます。つまり、遺言書保管の申請を撤回することができます(法8条1項)。しかし、この撤回が本人の意思に基づいて行われていることは確認する必要がありますので、本人出頭が必要であるほか、申請の際に必要な書類に準じた書類を調えて撤回の申請を行うことになります(法8条2項以下)。
もっとも、実は、そのようなある意味で厳格な手続を践まなくても、保管の対象になった遺言の撤回は可能です。先の民法上の原則に従って、保管されている遺言と抵触する後の遺言を行ったり、抵触する生前処分を行ったりしますと、保管されている遺言は撤回されたものとみなされるからです。
そうだとしますと、相続開始後、法務局で遺言書が保管されていること、およびその内容を確認しても、それで遺言に関しては安心ということにはなりません。その後の遺言が存在しないかを調査する必要があるからです。この点は、制度の弱点とも言えますが、遺言撤回の自由が遺言に関する大原則である以上、やむをえないことだと言わざるをえないでしょう。
【相続開始後の手続】
最初の設例で遺言書保管制度を利用していたAさんが死亡したとします。その場合に、法務局からAさんが保管制度を使っていることを知らせてくれるわけではありません。法務局は、Aさんの死亡を知りうる立場にありませんから、当然です*。相続人であるBさんとCDから、Aさんが保管制度を利用していたかどうかを調査する必要があります。
*もっとも、この点に関しては、役所間の情報共有を図り、保管者が死亡した場合には、遺言書の存在が相続人等に通知されるようにすべきだという議論はありえます。実際に、参議院法務委員会の附帯決議では、その旨の要望が出されています。そうしないと、保管制度が十分に機能しない危険があるからです。
通常は、まず、関係遺言書の閲覧請求をすることになりましょう(法9条3項)。これで遺言の内容が分かります。その上で、今度は、「遺言書保管ファイルに記録されている事項を証明した書面」(遺言書情報証明書)の交付を請求することになります(法9条1項)。この証明書を用いて、不動産登記の名義変更やその他の名義変更の手続を行うわけです。
法務局は、以上の閲覧を認め、また遺言書情報証明書を交付したときは、当該請求者を除く遺言者の相続人・受遺者・遺言執行者に対して、遺言書を保管している旨を通知します(法9条5項)。このようにして、関係者間での情報共有が図られるわけです。
なお、以上のように遺言書情報証明書を取れば遺言に関してはそれで安心というわけでないことは、先に触れました。遺言撤回の自由が認められている以上、保管遺言書より後の遺言が存在しないかも調査する必要があるのです。
【遺言書保管制度ではできないこと】
遺言書保管制度には、いろいろな期待がかけられています。その中には、法務局が遺言の内容をチェックしてくれて、自筆証書遺言が無効になるケースが減るのではないかというものもあります。
自筆証書遺言の弱点の1つには、たしかに方式違反で無効になることが少なくないということがあります。しかも、問題が分かるのは遺言者が死亡してからですので、補正のしようがありません。事前に法務局がチェックしてくれるのであれば、それはきわめて大きなメリットになります。
しかし、結論的には、法務局は、このようなチェックは行いません。法制審議会では、何らかのチェックをすべきではないかという意見もあったのですが、事務局の説明によれば、それにはどのくらいの手間がかかるのか、その判断をどこまでするのか、そこで瑕疵があったときの責任は誰が負うのか、などの問題があり、採用するのは難しいとのことでした(「第6回会議議事録」36頁)。それはたしかにもっともな理由で、法務局による内容チェックというのは、無理な話でしょう。
しかし、そうはいっても、保管申請を受理する際には、遺言書に記載されている作成の年月日などを記載した申請書の提出が求められます(法4条4項)。したがって、これらの点についての方式違反での遺言無効という事態は、今後は避けられることになるでしょう。
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