改正相続法を知ろう!~連載第6回~
弁護士・北海道大学名誉教授 吉田克己
連載第6回 自筆証書遺言の要件緩和
【今回の改正の第2の特徴:遺言制度の活用に向けて】
前回までは、配偶者相続分の引上げの試み(現実には挫折して、持戻し免除の推定に止まった)、配偶者居住権制度、配偶者短期居住権制度の創設、相続人の配偶者(相続人ではない)を保護するための特別の寄与制度の新設等を検討してきました。これらは、いずれも、法律婚上の配偶者の法的地位を保護する性質の改正で、改正作業の当初から重要な改正事項と位置づけられ、今回の改正の第1の特徴を示すものでした。
ところで、今回の改正は、検討の過程で改正対象を拡大され、遺言制度の活用を図るための制度改正も改正事項に加えられてきました。今回以降は、この論点を検討したいと思います。遺言制度の活用を図るために制度整備が行われたことは、今回の改正の第2の特徴とも言えるものです。
遺言制度の活用が強調される背景には、遺言が相続紛争を未然に回避するために有効に機能しうるのに――もっとも、遺言があっても紛争になることは多々ありますが――、それが十分には活用されていないという実情があります。公正証書遺言の作成数の推移を追ってみますと、1985年41,904、2009年77,878、2014年104,490件(年間で初めて10万件突破)、2016年105,350件、2017年110,191件となっています。これに対して、自筆証書遺言の検認数は(作成数は正確には分かりません)、1965年971、1985年3,301、2010年14,996、2013年16,708、2016年16,888、2017年17,394と推移しています。いずれもかなりの増加傾向ですが、自筆証書遺言が少ないこと、また、2017年の死亡者数1,340,433人であったことと比べますと、遺言の利用件数は、トータルでも死亡者数の1割にも達していないことになります。この活性化を図るために制度改正を行うというのが、立法関係者の問題意識でした。
そのための重要な改正が、自筆証書遺言の要件緩和と、自筆証書遺言の法務局における保管制度の創設でした。今回は、前者を取り上げ、後者は次回取り上げます。
【自筆証書遺言の要件緩和における問題の所在】
遺言には、公正証書遺言、秘密証書遺言、自筆証書遺言という3つの類型があります。このそれぞれについて厳格な要件が課されていますが、自筆証書遺言についても、全文、日付および氏名の自署を中心とする厳格な要件が課されています(968条1項)。
遺言の効力は、遺言者が死亡した後に発生します。そのため、自筆証書遺言をたとえばワープロなどで作成する場合には、それを本当に遺言者が作成したのかを確認することが困難です。全文自筆によることが求められているのは、そのような事態を避け、それが遺言者によって作成されたことを確認する意味があります。遺言者の意思を尊重した遺言と言えるためには、それは、最低限の歯止めと言えるでしょう。
そのような観点からは、全文自書は自筆証書遺言にとって譲れない要件ということになります。しかし、それは、他方で、遺言者にとっては、かなり厳しい要件とも言えます。とりわけ、超高齢社会の到来とともに、遺言者の高齢化も進んでいます。高齢者にとっては、細かな財産の特定なども含めて全文の自書を要求されることは、遺言作成にとって高いハードルになる可能性があります。そのために、遺言作成をためらったり、あるいは作成したものの要式違反で遺言が無効になってしまったりすることがあるのです。そのような事態は、遺言者の真意の尊重という趣旨からしますと、かえって問題の多い事態だということになるでしょう。
そのような事態を避けるために、自筆証書遺言の要件緩和が求められました。最初の段階では、次の3点についての要件緩和が検討されました(「部会資料5」4-6頁)。①自書を要求する範囲を緩和する。具体的には、「遺贈等の対象となる財産の特定に関する事項」については、自書でなくてもよいものとする。②民法968条1項は、氏名の自署に加えて押印を要求しているが、クレジットカードのように書名だけでの取引が増えていることを踏まえて、押印を不要とする。③署名および押印を必要としている加除訂正の方式を緩和して、押印のみで足りるようにする。
【実現した改正】
以上のうち、最終的に改正が実現したのは、①の「財産の特定に関する事項」に関する要件緩和だけでした。
②の押印については、それが本人性を確認するために有益ということはないものの、「下書きと完成品を区別するためには必要」という意見が出され(第5回会議議事録26頁〔増田委員発言〕)、検討の早い段階で改正事項から落とされました(「部会資料9」8頁)。
③の加除訂正の方式緩和については、議論が紛糾しました。しかし、最終的には、一方で①の方式緩和を行い、さらに加除訂正の方式まで緩和しますと、偽造・変造の危険がかなり大きくなるという危惧があるものとされ、改正が見送られました(「部会資料17」4頁)。
【「財産の特定に関する事項」に関する要件緩和】
改正法によれば、「自筆証書にこれと一体のものとして相続財産(‥‥)の全部又は一部の目録を添付する場合には、その目録については、自書することを要しない」(968条2項前段)とされています。なお、この「目録の毎葉」に署名・押印することが必要です(同条同項後段)。
このように財産目録については、自書を必要としません。具体的にどのような方式を用いるべきかについては規定がありませんので、さまざまな形が考えられます。遺言者本人がパソコン等を用いて作成したものが含まれるのは当然ですが、遺言者以外の者が作成した財産目録でも差し支えありません。また、不動産の登記事項証明書や預貯金通帳の写し等を財産目録として添付したりすることも許されます。
そうしますと、添付の財産目録が遺言者の意思で自筆証書遺言本体に添付されていることをどのようにして確認するかが重要な問題となります。法制審議会における審議の過程でも、さまざまな案が出されました。たとえば契印を押すことや、自筆証書遺言本体と同一の印での押印を要求するなどです。しかし、他方で、これをあまり厳格にしますと、要件を緩和して自筆証書遺言を使いやすくしようという目的に反することになってしまいます。また、方式違反による遺言無効の危険も高まります。結局、添付の財産目録の毎葉への署名・押印(遺言本体と異なる印でもよい。認め印でもよい)ということで議論がまとまったのです。
【財産目録に関する変更】
以上のように、自筆証書遺言の作成については、財産目録に関する自書要件が緩和されたことで、かなり楽になったと言えます。添付の財産目録に関して気をつけるのは、「毎葉」への署名・押印だけだと言ってよいでしょう。ところで、遺言者が、この添付の財産目録を変更したいと考えることは当然にありえます。これは、遺言の加除訂正ということになりますが、この場合には、その要件に気をつける必要があります。間違いますと、加除訂正が無効になってしまいますので。
基本は、加除訂正の方式に関しては、改正はなかったということです。したがって、財産目録の一部に加除訂正を加える場合には、修正部分を二重線で抹消して修正を自筆で補充し、修正部分に署名・押印したのと同じ印で修正印を押すとともに、欄外に「この行2字訂正」などの形で修正事項を署名します(968条3項参照)。
それでは、たとえば、長男である相続人Aに甲土地を相続させたいと考え、遺言本体に「別紙記載の土地を長男Aに相続させる」と記載し、別紙に甲土地の登記事項証明書を添付し、遺言者の署名・押印をしていたとします。その後、長男Aに相続させるのは乙土地にしたいと考えた場合に、この変更をどのように遺言に反映させたらよいでしょうか。
乙土地への変更は遺言の加除訂正に当たるので、新たな乙土地部分は自書によることを要すると考えたのでは、財産目録については自書を要しないとした改正法の趣旨に反します。したがって、新しい財産目録についても、自書は要しないと考えられています。しかし、単に甲土地の登記事項証明書を乙土地の登記事項証明書に差し替えてその毎葉に署名・押印するというのでは、民法968条3項の加除訂正の要件をあまりに離れます。そこで、①遺言書本体の「別紙記載の土地」を二重線で抹消して修正印を押し、欄外に、「本文中の『別紙記載の土地』を『別紙二記載の土地』に改める」と付記して署名する、②別紙の旧目録を斜線等で抹消して、車線上に抹消印を押す、③新しい「別紙二」を追加し、署名・押印する、という方式が必要になります。
文章で読むとややこしいですが、実際には、それほど複雑なことはありません。しかし、上記の方式を守りませんと、加除訂正は無効、さらに、場合によると遺言の全体が無効ということにもなりかねませんので、この手続きを行う際には、間違えないように、専門家に相談することが望ましいと言えましょう。
弁護士・北海道大学名誉教授 吉田克己
連載第5回 特別の寄与
【問題状況】
Aさんは、奥さんのBさんに先立たれたのち、長男であるCさん夫婦と同居して生活することになりました。Aさんは、歳を重ねるに応じて身体的・精神的能力が減退し、日常的な世話だけではなく、介護が必要な状態になりました。Cさんは会社員で、Aさんの介護に当たることはできず、Cさんの奥さんであるDさんがAさんの介護に当たっていました。Aさんが死亡して相続が開始しました。相続人は、長男のCさんと長女のEさん、次男のFさんの3人です。実際にAさんの介護に当たったDさんは、この相続の中で、提供した介護の見返りとして、何らかの財産を受け取ることができるでしょうか。
【現行制度の下での解決】
1 寄与分
仮に上記の【問題状況】において、介護を提供したのが相続人であるCさんだったとします。その場合には、寄与分制度(民法904条の2)の利用が可能です。寄与分と認められるためには、Cの介護提供が被相続人Aさんの財産の維持または増加について特別の寄与と言えるなど一定の要件を満たすことが必要ですが、その要件はクリアしているとします。そうしますと、Cさんは、相続における自分の取分を、寄与に応じて増やすことができます。
具体的に計算してみますと、Aさんの遺産の評価額が9000万円だったとします。これに対して、Cさんが提供した介護の価額が3000万円と評価されたとします。そうしますと、9000万円のうち3000万円分はCさんの寄与ですのでこれを差し引いた6000万円がAさんの実質的な遺産ということになります。これを3人の相続人で均等に分けますと、各人2000万円ということになります。その上で、Cさんは、この2000万円に自分の寄与に相当する3000万円を上乗せした額である5000万円を相続によって受け取れるのです。結局、9000万円の遺産は、Cさんに5000万円、Eさん、Fさんに各2000万円と分けられることになります。
しかし、この制度が使えるためには、介護等の寄与を行った者が相続人であることが必要です。この制度は、あくまで相続人間の公平を確保するための制度として作られたからです。相続人以外の者が介護等の寄与を行った場合には、現行法の寄与分制度を使うことはできません。したがって、【問題状況】に登場するDさんは、いわゆる「長男の嫁」であって、Aさんの相続人ではありませんので、現行の寄与分制度は使うことができないということになるわけです。
2 不当利得法理
QさんがPさんの求めに応じてPさんの仕事の一部を手伝ったとします。Pさんは、その仕事の報酬をRさんから得ています。このような場合には、誰でも、Qさんは、Pさんに対して仕事の対価を求めることができると考えるでしょう。実際に、通常は、PQ間で報酬支払いに関する合意が存在すると認定されるでしょう。その場合には、Qさんは、合意に基づく仕事の対価をPさんに求めることができます。その認定が難しい場合でも、Qさんは、不当利得法理によって、Pさんに対して対価に相当する金額の支払いを請求することができます。Pさんには、Qさんが提供した労務の利益を保持する正当な理由がないからです。これを不当利得法理といいます。
この不当利得法理に基づいて、【問題状況】におけるDさんがAさん(実際にはAさんは死亡していますから、その相続人)に対して介護の対価を請求するという方向も考えられます。しかし、この方向でDさんの貢献を保護しようとすると、そこには現実にはなかなか難しい問題があります。Dさんは、Aさんの義理の娘の立場にあります。このような場合には、DさんとAさんの間には、無償で介護を行うという黙示の合意が存在したと認定される可能性があるのです。そのように認定されますと、不当利得法理に基づくDさんの請求は、認められる余地がありません。
3 Cさんの寄与分としての評価
そこで、現実には、しばしばDさんの寄与をCさんの寄与と評価して、寄与分制度を利用するという解決が採用されています。その際に援用されるのが、履行補助者法理です。つまり、Dさんは、Cさんの義務の履行を補助する立場にある者であるから、Dさんの行為は法的にはCさんの行為と評価されるということです。
しかし、この考え方には、そもそも介護をCさんの義務と見るべきかという問題があります。さら根本的には、夫Cさんとの関係で対等平等で独立の人格であるべきDさんを、Cさんの補助者と構成し、Dさんの寄与をCさんに吸収させてしまうのは如何なものかという疑問が残ります。結局、この考え方は、妥当な結果を導くための方便にすぎず、本来のあるべき解決にはほど遠いというべきでしょう。
このような問題状況を踏まえて、立法的解決を行ったのが、今回の「特別の寄与」制度の新設です。
【特別寄与料請求権の発生】
1 寄与行為の態様と無償性
(1)寄与行為の態様
改正民法によれば、「被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与」をした「被相続人の親族」には、特別寄与料の請求が認められます(1050条1項)。この要件の設定は、基本的には、現行の寄与分と同じで、現行寄与分が相続人に対してだけ認められていたのを、それに限定せずに「被相続人の親族」にも同様の保護を認めるのが、改正民法の趣旨だと考えられます。
ただ、現行の寄与分制度においては、寄与行為の例示として「被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法」が挙げられています。農業経営の後継者(たとえば長男)が無償で経営主である父親の経営を手伝っていたような場合が、現行の寄与分制度が適用される典型例と考えられていたことを反映する例示です。これに対して、改正民法の特別の寄与では、「療養看護その他の労務の提供」が例示されています。改正民法の特別の寄与は、相続人以外の者(たとえば「長男の嫁」)による介護提供を制度適用の主要な対象と考えているのです。このような制度対象として想定されるものの違いが、例示の違いにも表現されているわけです。
(2)寄与行為の無償性
上記の条文の引用にも示されていますように、特別寄与料が認められるためには、それが無償で提供されていたことが必要です。したがって、【問題の所在】にあるAさんがDさんに、生前に相当額の贈与をしていたような場合や、相当額の遺贈をしていた場合には、特別寄与料は認められません。日常的に謝礼を渡していたような場合には、微妙です。その額や支払い態様から介護等の対価と認められる場合には、無償性を否定されますが、単なる感謝の意を表明する儀礼的なものにすぎないと評価される場合には、なお無償だと評価されるべきでしょう。要は、全体を見て無償と評価すべきか無償性を否定すべきかを判断することになります。
2 請求権者
上記の引用にあるように、「被相続人の親族」が特別寄与料を請求することができます。「親族」の範囲は、民法725条に規定されています。「6親等内の血族」「配偶者」「3親等内の姻族」です。しばしば問題になる「長男の嫁」は、1親等の姻族ですから、請求権者に当然に入ります。これ以外では、被相続人の兄弟姉妹およびその配偶者、被相続人の兄弟姉妹の子およびその配偶者等が含まれます。いままで、民法の「親族」概念は家族関係の法的処理に際してさほど大きな役割を果たしていませんでしたが、この特別寄与料の関係では、大きな意味を今後持つことになります。
この範囲をどのように定めるかは、改正法が成立するまでに、さまざまな意見の対立がありました。特別寄与料が基本的には不当利得の性格を持つことを強調しますと、無償で介護を提供した者のすべてにそれを認めるのが筋で、請求権者を特に限定する必要はなくなるでしょう。しかし、それでは、相続紛争の複雑化・長期化を招くという強い異論がありました。また、被相続人と関係が遠い者が介護を提供する場合には、契約関係で処理することができるし、そうすべきだ、したがって、特別寄与料がカバーする者の範囲は、ある程度限定をかけてよいという議論もありました。結局、両者の考え方を折衷する形で、一定の限定をかけるが、その限定はあまり厳格なものにはしないということで、改正法の考え方になったのです。
3 特別寄与料の額
まず当事者間で協議を行って特別寄与料の額を決めます。当事者間の協議で決めることができない場合には、家庭裁判所に決めてもらいます(1050条2項)。これは、寄与分額の決め方と基本的に同じです(904条の2第2項参照)。
療養看護型の寄与分の場合には、第三者が同様の療養看護を行った場合における日当額に療養看護の日数を乗じた額に、一定の裁量的割合(0.5から0.7の間で定められることが多いと言われています)を乗じて算定するものとされています。特別寄与料額の算定についても、同様の考え方が採用されることになるでしょう。
なお、以上のように算定した額は、介護期間が長期にわたるような場合には、相当程度に多額になることがありえます。しかし、特別寄与料の額は、被相続人が相続開始の時に有していた財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることができません(1050条)。このような限定がありませんと、相続人は、自分が相続から受ける利益を超えて、特別寄与料を支払う義務を負ってしまうことになります。それは相当ではないという考え方に立つ限定です(なお、寄与分制度についても、同様の限定が存在します。904条の2第3項)。
【特別寄与料請求権の行使】
1 具体的イメージ
【問題の所在】の例を使い、Dさんの特別寄与料が3000万円と評価されるものとします。そうしますと、Dさんは、この3000万円を「相続人に対し」(1050条1項)請求することになります。具体的には、C、E、F3人の相続人に対して、各1000万円ずつ請求するわけです。C、E、Fの3人は、それぞれ9000万円の遺産から3000万円の配分を受けます。その中からDさんに対して、1000万円の支払いを行うわけです。その結果、C、E、Fの3人は、相続によって2000万円の利益を得ることになります。
CさんとDさんの夫婦について見ますと、その合計は、5000万円になります。これは、DさんをCさんの履行補助者と見る場合と同じですが、その場合には、Cさんだけが利益を得ます。改正法の下では、CさんとDさんは独立の人格と扱われ、それぞれ独自の権利を確保されることになります。
2 権利行使期間の制限
Dさんの特別寄与料請求権は、基本的には不当利得法理に基礎を置く財産上の権利です。そうであれば、通常の債権と同様に、5年または10年の消滅時効(166条1項)に服するという考え方もありうるでしょう。
しかし、他方では、この請求権は、相続手続と密接に関連しています。そして、相続手続においては、さまざまな短期の権利行使期間が定められています。そのような点を考慮しますと、特別寄与料についても短期の権利行使期間を設けるという考え方には、合理性があるでしょう。実際に、改正法は、特別寄与料請求権の行使について、「特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から6箇月」以内および「相続開始の時から1年」以内という制限を設けています(1050条2項ただし書)。
士・北海道大学名誉教授 吉田克己
連載第4回 配偶者の保護の方策その3:配偶者短期居住権制度の創設
【問題状況その1】
夫Aが妻BとA所有の建物(甲建物とします)に一緒に生活していたとします。子どもは2人いますが(CとD)、いずれも独立して親と一緒には住んでいません。Aが亡くなって相続が開始し、遺言は存在しなかったとします。Bさんと子ども2人とは遺産分割の協議を開始することになりますが、その間、Bさんは、甲建物の居住を継続することができるのでしょうか。
【問題状況その2】
夫Aが妻BとA所有の建物(甲建物とします)に一緒に生活していたとします。子どもは2人いますが(CとD)、いずれも独立して親と一緒には住んでいません。Aが亡くなって相続が開始しました。ここまでは上の【問題状況その1】と同じです。ところが、今度は遺言が存在し、甲建物は、長男のCさんに遺贈するものとされていました。この場合に、Bは、甲建物をCさんに直ちに明け渡さなければならないのでしょうか。
【配偶者短期居住権によるBの居住の保護】
1 原則的考え方
以上2つの場合のいずれについても、Bによる甲建物の居住は、一定期間は保護されます。具体的には、【問題状況その1】の場合には、遺産分割手続きが終了して、甲建物が誰に帰属するかがはっきりする時まで、配偶者の無償での甲建物居住が確保されます(民法1037条1項1号)。
もっとも、このルールだけですと、遺産分割が早期にまとまりそうなのに、それなると配偶者居住権が終了してしまうというので、Bが早期の遺産分割成立に応じないという好ましくない事態が生じる可能性もあります。そこで、そのような事態を避けるために、遺産分割が早期に成立するような場合については、相続開始から6ヶ月を経過する時までは、配偶者短期居住権が存続するものとされています。このようにして、要するに、遺産分割の成立する日か、相続開始から6ヶ月が経過する日とのいずれか遅い日まで配偶者短期居住権が存続するわけです(民法1037条1項1号)。
【問題状況その2】の場合には、遺贈で甲建物所有権を取得したCがBに対して配偶者短期居住権消滅の申入れをしてから(同条3項参照)6ヶ月を経過する時まで、Bの無償での甲建物居住が確保されます(同条1項2号)。この場合には遺産分割が行われませんから、【問題状況その1】の処理策ではうまくいかず、別のルールが必要になるわけです。
夫Aの死亡によって妻Bは、大きな打撃を受けているはずです。それに加えて、長年住み慣れた住居からの退去を余儀なくされるとしますと、Bの精神的・肉体的負担はきわめて大きなものになります。そこで、居住建物である甲建物へのBの当面の居住を保護して、Bへの打撃の軽減を図るというのが、今回新設された配偶者短期居住権制度の趣旨です。この使用権の利益は、前回検討した配偶者居住権とは異なり、具体的相続分に算入されることがありません。純粋に配偶者の利益になるわけです。
2 従来の法状況との対比
従来も、BがAとともにA所有の建物に居住していた場合には、A死亡後に、Aの生前の意思を合理的に解釈して、AB間で、特段の事情がない限り、相続開始時から遺産分割時までの使用貸借が成立していたものとされていました(判例:最判平成8年12月17日民集50巻10号2778頁)。したがって、多くの場合には、遺産分割までは、Bの甲建物への無償での居住が確保されていたわけです。
今回の改正は、この判例の趣旨を活かしつつ、判例では保護されない場合にまで配偶者の保護を拡大するものです。たとえば、【問題状況その2】のようなケースは、Aの意思としてはBの居住継続を否定する趣旨とも見られますから、従前の判例ではBの保護は難しいでしょう。そのような場合を含めて、改正法は、Bの短期の居住権を認めているのです。
3 その後のBの居住
しかし、改正法によるBの保護は、あくまで短期的・暫定的なものにすぎません。それでは、その後のBの居住は、どのようになるのでしょうか。いくつの場合がありえます。
(1)Bが甲建物の所有権を取得する場合
遺産分割の結果、Bが甲建物の所有権を取得することになれば、Bの居住は確保されます。しかし、建物の価額が具体的相続分に充当されますから、Bが取得する他の財産は、それだけ少なくなることになります。
(2)Bが甲建物の配偶者居住権を取得する場合
遺産分割の結果、甲建物はたとえばCに帰属することになったとします。その上で、Bに、前回扱った配偶者居住権が認められることもあります。この場合にも、遺産分割後のBの居住が確保されます。前回述べましたように、配偶者居住権の価額は具体的相続分に充当されますが、所有権取得に比べればその価額は小さいですから、Bは、他の財産をそれだけ多く取得できることになります。
(3)Bが甲建物の所有権も配偶者居住権も取得しない場合
この場合には、Bの甲建物の居住は、配偶者短期居住権が終了した時点で確保されなくなります。無償での居住を確保する配偶者短期居住権は、あくまで暫定的なものなのです。
【配偶者短期居住権の法律関係】
1 使用借権類似の法定の債権
改正前の判例は、先に触れましたように、当事者の意思の推認に基づいて、使用貸借の成立を認めていました。これに対して、改正法は、当事者の意思を根拠とすることなく、一定の要件を満たす場合に、配偶者短期居住権の成立を認めています。したがって、配偶者短期居住権は、使用貸借のような契約に基づく権利ではなく、法律によって認められる法定の債権ということになります。
しかし、それは、使用借権と類似していることはたしかです。さらに言えば、その法律関係は、基本的には使用借権と同様だと言っても差し支えありません。改正民法も、配偶者短期居住権に関しては、基本的には使用貸借の規定を準用していますし(1041条)、使用貸借と同様の内容の規定を置くこともあります。たとえば配偶者による使用に関する1038条は、使用貸借における594条と同趣旨の内容です。明確な規定がない場合の解決も、基本的には使用貸借における解決を参照して決めることになるでしょう。
2 基本的法律関係
(1)当事者間の法律関係
まず、配偶者短期居住権を有するBに認められるのは、使用権だけで、収益権は認められません(1037条1項本文参照)。Aが居住建物の一部から収益を得ていたような場合には(たとえば店舗としての賃貸)、その収益は、相続分にしたがって共同相続人に帰属することになります。Bの配偶者短期居住権は、そのような収益までは。及びません。
次に、Bは、従前の用法に従い、善良な管理者の注意をもって居住建物(甲建物)の使用をする必要があります(1038条1項)。他人の建物の使用権である以上、当然の規律でしょう。Bはまた、甲建物取得者の承諾を得なければ、第三者に甲建物を使用させることができません(同条2項)。これも使用貸借と同様の規律です。Bがこれらの規律に違反した場合には、甲建物取得者は、配偶者短期居住権を消滅させることができます(同条3項)。使用貸借の解除に対応する措置です。
他方で、甲建物取得者は、甲建物の修繕義務は負っていません。修繕等の通常の必要費は、Bの負担になるのです(1034条1項)。これも使用貸借の規律(595条1項)と同じで、賃貸借(606条参照)とは異なるところです。甲建物取得者は、Bの居住を受忍すれば足りるのです。
(2)第三者との関係
第三者との関係で重要なのは、対抗力の有無です。配偶者短期居住権については、これも使用借権と同様に、対抗力を取得する手段はありません。したがって、甲建物取得者が甲建物を第三者に譲渡すれば、Bの配偶者短期居住権は覆滅することになります。
しかし、甲建物取得者には、Bの居住建物の使用を妨げてはならない義務が課されており、そこには甲建物の譲渡も含まれています(1037条2項)。したがって、甲建物取得者が甲建物を譲渡することは、この義務違反に他なりません。Bは、甲建物を譲渡したものに損害賠償を請求することができることになります。その額は、失われた使用利益で、それは6ヶ月相当のものになるものと考えられます。
【配偶者短期居住権が成立しない場合】
最後に、配偶者短期居住権が成立しない場合をいくつか挙げておきましょう。
第1に、Bが内縁配偶者であった場合には、配偶者短期居住権は成立しません。当事者の意思の推認による場合には、この成立の可能性もあったのですが、法律婚尊重を旗印に法定の債権成立を認めるという改正法の基本的考え方の下では、内縁配偶者に配偶者短期居住権が認められる余地はありません。
第2に、Bが相続欠格事由(891条)に該当する場合、およびBがAによって推定相続人から廃除された場合(892条)にも、配偶者短期居住権は成立しません(1037条1項ただし書)。このように被相続人との関係で相続権を否定される者には、政策的な保護措置である配偶者短期居住権を付与すべきではないからです。他方で、Bが相続を放棄する場合には、Bについてそのような否定的評価が成り立ちませんから、配偶者短期居住権の成立が認められます。
第3に、被相続人であるAが借家人であった場合には、その借家にAとともに居住していたBには、配偶者短期居住権が認められません。このような住宅は、「被相続人の財産に属した」(1037条1項本文参照)とは言えないからです。この場合には、配偶者であるBと他の共同相続人C、Dとの間で借家権の準共有が成立し、Bは、その資格で甲建物の居住を保護されます。
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