改正相続法を知ろう!
弁護士・北海道大学名誉教授 吉田克己
連載に当たって
昨年(2018年)7月6日に、民法の中の相続法の部分を改正する法律が成立しました(平成30年法律第72号、同年7月13日公布)。この改正のうち自筆証書遺言の方式を緩和する改正については、すでに本年(2019年)1月13日に施行され、その適用が始まっています。その他の改正については、原則として2019年7月1日に施行されますが、配偶者居住権・配偶者短期居住権等に関しては少し遅れて2020年4月1日の施行となり、法務省における遺言書の保管等に関する法律については、準備の日時が必要なことから、2020年7月10日の施行となります。このように、新しい相続法の一部はすでに施行され、残りの多くの部分も、間もなく施行されることになるわけです。
私たち市民で、相続問題にまったく関わりなく生涯を過ごせる人は、まず稀でしょう。その意味で、相続法は、市民にとってきわめて身近な法律です。そして、その内容は、市民生活の大きな影響を与えます。今回の改正にも、マスコミでも大きく報道されましたが、配偶者居住権制度の新設など、市民の生活に大きな影響をもたらす改正が多く含まれています。
この欄では、今回から継続的に、このような相続法改正の内容を紹介するとともに、改正の意味を考えていきたいと思います。今回はその第1回目ということになりますが、改正の具体的内容に入る前に、今回の改正がどのような事情から問題になったのかを見ておきたいと思います。そのような背景を押さえておくことは、改正の意義を考える上でも有益だからです。
第1回 今回の相続法改正の背景:始まりは婚外子相続分差別を違憲とする最高裁大法廷決定だった……
【相続分における婚外子差別】
日本の相続法は、非嫡出子(差別的ニュアンスがありますので、最近は「婚外子」と呼ばれることが増えています)の法定相続分を嫡出子(最近は、中立的な表現として「婚内子」という表現が好まれています)の2分の1と定めていました(民法900条4号ただし書前段)。この規定は、明治民法旧1004条を踏襲するものでしたが、戦後の民法大改正においても特に問題のある規定だとはされませんでした。法律婚制度がある以上、嫡出子(婚内子)と非嫡出子(婚外子)とで相続分に差異があるのは当然だと考えられていたようです。学説も、この点を特に問題視することはありませんでした。
【婚外子差別撤廃への動向】
しかし、1970年代の半ば頃から、問題状況に変化が見られるようになります。この時期から、憲法学説においても民法学説においても、相続分差別を定めるこの規定が違憲であると主張するものが目立ってくるのです。つまり、法の下の平等を定める憲法14条1項に反するという議論です。その重要な背景としては、ドイツ、フランス、イギリスなど西欧諸国においてこの時期から婚外子平等化の動きが大きく進んだことを挙げることができます。
1990年代に入ると、この規定の違憲性を争う裁判が現れてきます。そして、高裁レベルの判断で、違憲だとするものも出されるようになります。そのような裁判の動向は、立法作業にも影響を与え、1994年7月に公表された婚姻法改正を中心とする民法改正「要綱試案」は、非嫡出子の相続分を嫡出子の相続分と同等にする旨の構想を打ち出しました。このように、この時期に、婚外子相続分差別撤廃の動きが活発に展開されたことは、注目に値することでした。
【最高裁:合憲判断から違憲判断へ】
このような中で、最高裁がどのような判断を下すかが注目されました。しかし、最高裁が1995年7月5日に大法廷決定の形で下した判断は、以上の流れに抗する形の合憲判断でした。この大法廷決定は、問題が「相続制度」という総合的な考慮が必要な制度設計にかかわることを強調しています。そうである以上、立法府には広範な裁量が認められている、というわけです。そして、法律婚主義を採用した以上、嫡出子と非嫡出子との「区別」が生じることは不可避であるとして、先の規定が「著しく不合理」であるとはいえないとの結論を導きました。
この決定の考え方からしますと、立法府が婚内子と婚外子の相続分を平等にする改正を行うことは何ら妨げられません。それどころか、この大法廷決定に付された補足意見には、立法での対応を求めるものもありました。また、先に挙げた「要綱試案」を受けた法制審議会の「法律案要綱」(1996年2月)においても、平等化での民法改正を行うという案が維持されました。しかし、この案は、「法律案要綱」に入っていた選択的夫婦別姓制度への反対論のあおりを受ける形で、結局店ざらし状態で終わってしまいました。立法府は、家族法のような強力な圧力団体が存在しない問題領域では、なかなか動かないのです。
そこで、再び、裁判への期待が高まるということになりました。最高裁では、その後も小法廷レベルの合憲判断が続きましたが、それに反対する少数意見もあり、いずれも僅差の合憲判断でした。そして、ついに、2013年9月4日に、最高裁が再び大法廷を開いて、相続分差別規定に関する違憲判断を出したのです。この大法廷決定は、1995年の合憲決定と同様に、相続制度をどのように定めるかについては、立法府に大きな裁量が認められるとしました。しかし、そのための総合判断の各要素については、社会的状況の変遷がありうるとして、結局、1995年段階とは異なって、この事件の相続が問題になった時点では、法定相続分を区別する合理的な根拠は失われていたとして、違憲判断を導いたのです。
【差別規定の廃止から相続法改正作業へ】
最高裁の違憲判断が出た以上、婚内子と婚外子との法定相続分差別を定める民法900条4号ただし書前段の規定は、当然に廃止されるはずです。そして、実際に、この規定は廃止されたのですが(2013年12月5日成立、11日公布・施行)、その過程は、単純ではありませんでした。自民党内の保守的潮流の一部から、そのような改正は法律婚に示される家族制度を弱めてしまうのではないかという疑義が提示されたのです。
この潮流は、上で述べた民法改正後、「家族の絆を守る特命委員会」と称する委員会を設置しました(自民党政務調査会直属。2013年12月19日第1回会合)。そして、「今後1年を目途に、社会事情・国民感情を反映した相続のあり方をはじめとする各種政策を議論し、立法化を目指」すことを目標として掲げました。そこでの問題意識は、「家族の絆を守る」という名称に示されていますように、法律婚の保護の確保であり、端的には、生存配偶者(具体的には妻)の相続法上の地位の強化でした。
この動向と対応する形で、法務省も、相続法の改正を展望した「相続法制検討ワーキングチーム」を立ち上げました(2014年1月28日初会合)。その検討課題は、生存配偶者の法的地位の強化であり、より具体的には、生存配偶者の居住権を法律上保護するための措置、配偶者の貢献に応じた遺産の分割を実現するための措置、遺留分制度の見直しなどが挙げられました。自民党の一部の潮流に改正の主導権を採らせるのではなく、法務省のイニシアティブで改正作業を進めるというのが、このワーキングチームを立ち上げた動機であったようです。しかし、自民党の動向を意識して、そこでも、問題意識の中心には、生存配偶者(具体的には妻)の保護が置かれていることには、十分に注意しておく必要があるでしょう。改正作業の問題意識は、最初から限定されていたのです。
このワーキングチームの作業が、その後の法制審議会の審議を経た相続法の改正につながることになります。次回からは、その改正内容を見ていくことにします。
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